| 如己堂(にょこどう) |
| 2008/4/11作成 |
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浦上駅の近くで会議があったので何気なく
ネットを眺めていたら
近くに如己堂と呼ばれる建物があることがわかりました。
ネットで如己堂もについて調べていると
「如己堂は2帖一間きりの家」だと書いていました。
なるほど堂がつくから小さな御堂なのかと思っていたら
なんとそこは長崎では有名なお医者様が
昔住んでいた自宅だと言うではありませんか。
これはぜひ見てみたいと思ったので、
時間をつくってさっそく見に行くことにしました。
如己堂は永井隆博士と幼い2人の子供と3人が暮していた家のようです。
実際に近くでみると思ったより小さいと感じました。
永井博士が自身で書かれた本の中で
如己堂を「小屋」と表現していますが、
確かに小屋ほどの大きさしかありません。
しかし手入れが行き届いていているためか、
今でも誰かが住んでいるような
立派な自宅の印象を受けました。
如己堂は近所の寄付などにより
建設された建物だそうです。
永井博士邸の計画時点からすでに
近所から愛されながら建てられ
住む人がいない今でもこうして立派に
保存されてこの建物は随分幸せだと思いました。
建築的にひさしぶりに
おもしろいものが見れて満足満足!
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| 近代化遺産ウォーキングイベント(雲仙市) |
| 2007/12/27 作成 |
70年程前に運行されていた雲仙鉄道。
温泉鉄道株式会社(愛野~千々石)と
小浜鉄道株式会社(千々石~肥前小浜)の二つが
合併して改称されたものです。
今回のウォーキングイベントはその雲仙鉄道跡の一部であるコースを
橘神社から、小浜までをウォーキングするイベントでした。
聞くところによると150名程参加されているそうです。
トンネル跡やプラットホーム跡が残っているとの話を聞いていたので
歩くことよりもそれらを見ることを楽しみに参加してみました。
約2時間のウォーキングコースでしたが、
大部分が海を一望できる景色のすばらしいコースでした。
線路跡だけあって車がすれ違うのには少々厳しい幅員の道路でしたが、
波の音が聞こえたりと自然に癒されながら
ウォーキングを楽しむことができました。
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千々石を過ぎて小浜に至る国道に合流するまでが
海岸を歩くメインコースなのですが、
その途中に木津、富津という二つの港町があります。
どちらもコースから見下ろせる位置にあり町全体が見渡せます。
港町の風情が漂ういい町並でした。
千々石と木津、そして富津を結ぶ途中に
当時造られたトンネルが3つ存在しています。 |
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歩いて見ると車が一台通り抜けるスケールで鉄道跡だと知らなければ、
車サイズで造られたトンネルと言っていい程の小さなトンネルでした。
どのトンネルもそれほど長くはないのですが、
当時この鉄道工事に関わった労働者は20万人もいたそうですから、
このトンネルを工事するにも相当苦労されたに違いありません。
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このコースにはCMや撮影などによく使われる
緑のトンネルなど呼ばれている場所があります。
実際にそこはトンネルではなく地山を切り崩して
線路を敷いていたところで
岩肌が緑で覆われているためそのように呼ばれています。
線路を布設する場所はそれなりに強固な地盤を選んだでしょうから、
地山を切り崩す作業も相当困難であったはずです。
その場所は『切通』と呼ばれているそうですが、
その地名どおり確かに切って通した場所であることが体感できます。
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| 旧神代中学校修理現場見学(雲仙市) |
| 2007/12/11 作成 |
雲仙市神代小路重要伝統的建造物群保存地区内(以下「保存地区」)にある
旧神代中学校の修理工事現場で開催された説明会に参加しました。
雲仙市職員の方から保存地区についての簡単な説明があった後、
保存地区の一部を参加者全員で散策しました。
この日は日中でも寒い一日でしたが、地元の工務店や設計従事者など
建築関係者が20名ほど参加されていました。
保存地区の家々の庭先には柿が実っており、
既設を感じながらの町並み見学となりました。
ガイドの帆足さんによれば道路脇を流れる水路は
各家々に引きこまれていて、
生活の一部として活用されていたそうです。
今では側溝のように見えてしまう水路ですが、
ひと昔前までは町の生活の一部として
立派な役割を果たしていたそうです。 |
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しばらく町並みを見学した後、
今日の目的である旧神代中学校修理現場へとみんなで移動しました。
鍋島邸からすぐ近いところにある修理現場では
単管足場と防護ネットで覆われた中で若い大工さん方が
一生懸命作業を行っていました。
監理設計事務所であるアルセッド建築研究所の説明によると、
昭和23年竣工の建物にしては
所々に細かい配慮がなされているそうで感心されていました。
昔の大工技術もさることながら、
建具の加工など手間をかけた仕事ぶりには
終戦直後に建設された建物とは思えないところがありました。
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現在、保存地区の町並みは長崎県の街づくり景観資産に登録されたり、
町並みを保存するために建造物の保護に向けて活動をつづけており、
町内でも町並み保存と言う言葉が定着しつつありそうです。
旧神代中学校校舎修理工事は
来年(平成20年)2月末まで続くそうです。
保存修理が終わればまた見学に行きたいと思います。 |
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